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09

「いいぜ。でもその前に自己紹介でもしようや」

 男性がそう言うと、透真を顎でくっと指し示す。全身が昂ぶってしょうがない、透真は「おう!」と元気良く返事をすると、両手を体の前でぐっと握り締めた。

「俺は清白透真!あんたの名前も教えてくれよ!」
「よろしくな透真。俺は楠原将矢だ」

 透真が右手を差し出すと、将矢は透真の右手をぐっと握り返した。後ろから観月が「ええと……」と困っている声が聞こえて、透真が振り向く前に、観月がすっと透真の横に立つ。

「なんか、ごめんなさいいきなり」
「構わねえよ、どうせ最近暇だったしな」
「そうなんですか……それなら、良かったですけど」

 観月が将矢に軽く頭を下げ、将矢の返答を聞いてから少し困ったように笑う。観月の特訓のために出てきたのに、結局透真の特訓になってしまっていて申し訳なさはあるが、ずっと悩み続けていた自分が成長できるチャンスをようやく掴み取れると思うと、いても立ってもいられなかった。

「透真、じゃあ私の事は気にしないでね」
「……ごめんな、特訓付き合えなくて」
「気にしない気にしない!透真にとってはこれが夢に繋がるんだから!」

 そう言って透真の背中を叩いて、笑う観月に安堵すると同時に少し元気を貰う。よし、気合充分。
 将矢と向き合う。

「じゃ、お願いします!」
「おう。つっても何が知りたいんだ?武器は出せてんじゃねえか」

 透真が勢いよく頭を下げれば、将矢は気が良さそうに透真の頭をぽんぽんと軽く叩くと、先ほど透真が武器を出すのを見ていたのだろうか、武器は出せる事を指摘されて、透真は首を横に振った。
 続いて、将矢に透真は武器は出せるが『刃物』にはなった事がない事、中々イメージどおりに生み出したりできない事やらの旨を伝えると、将矢は顎に手を当て、何かを考える素振りをする。
 それを眺めていると、将矢はかがんで、地面から剣を抜き出した。鈍色が光を浴びて照り返す。

「それはあれだな、細かいイメージができてねえ」
「細かいイメージ……」
「そうだ。後はお前、刃物で手切った事はあるか?」
「刃物で?」
「そうだ、ハサミでも何でもいい」
「……ない、かな」
「じゃあそれだ」

 将矢が手に持っている剣をブォン、と音が鳴る様な勢いで振る。改めてよく見てみると、透真の作り出す剣とは大分違った形だ。
 透真の作り出す剣がシンプルなのに比べて、将矢の剣はそれなりに装飾のついた凝ったものになっている。
 将矢は、剣を眺める透真の顔を一度ちらりと見ると、自分の右手に持つ剣の刃に左手の指を滑らせた。将矢の指に赤が滴る。

「ちょっ」
「この感覚をな、覚えるんだよ」

 将矢は一言そう言うと、透真に剣を投げた。
 それを慌てながら受け取り、将矢の剣に視線を落とす。

「見た所お前も感覚でやるタイプだろ?ならまずは体感するのが一番かと思ってな」

 そう言ってにっかり笑う将矢を見て、また剣に視線を落とす。自らが生み出すものとは違う武器。これは、物が切れる武器だ。
 一度深く息を吸って、吐く。将矢の剣にすっと指を滑らせる。鉄と肌が擦れる感覚がして、熱と共に、透真の指からも赤が滴った。遅れて、痛みがじわじわとやってくる。

「分かったか?その感覚を元に、一旦やってみろ」

 剣を将矢に返し、将矢がとんとん、と地面を足で軽く叩くのを見て、頷いてから地面に手を付ける。

「この能力で大切なのはイメージ。どれだけ細かくイメージできるかで決まる」

 手を当ててる地面の下で、地面の中でぐるぐると液体がかき混ぜられるような感覚がする。
 大切なのはイメージ。
 さっき切った時に感じた、鉄と肌が擦れる不快感を、切った後の熱を、傷を、脳裏に浮かべながら地面に手を当て続ける。
 かちりと、何かが自分の中でハマったような気がして、感覚を思い出すためにか無意識に閉じていた目をかっと見開いて、手に握るそれを地面から抜き放った。
 光を受ける鈍色は、今までと変わらない。でも、その刃は今までよりも薄くきらめいている。

「優秀だな。やればできるじゃねえか」

 将矢の声をどこか遠くに聞きながら、剣を眺める。無意識に上下する肩に、それほど消耗するような事だったろうかと首を傾げた。

「まずは試してみろよ」

 将矢が指で指し示す先には、一本の樹。透真でも届くようなところに枝が生えていて、将矢の指先はそこを示していた。
 透真を真っ直ぐに見る将矢の目に頷いて樹の近くに歩み寄り、すっかり慣れた動きで剣に体重を乗せ、枝に向けて振り下ろす。
 少し引っかかりはあったもののそのまま下まで振り下ろせた事により、一瞬、空振ったかと思った。
 だがそれは杞憂で、すぐに一拍遅れてその枝が地面に落ちる音を聞いて、音源を見る。
 綺麗な断面で切れている枝がそこにあった。

「……でき、た」

 思わず口角が上がり笑みが漏れる。
 成功を賞賛する声と動きが自分から漏れ、剣を持っているのも忘れて両手でガッツポーズを取る。
 思わず観月の方を見ると、観月はどうやら黒髪の女性と何やら話しているようだった。

「おめでとう。あとはそれを日常的に、意識しなくてもできるようになれば完璧だな」
「っありがとう将矢さん!俺…!」
「まだ礼を言うのは早えよ。あとさん付けの響きも良いが将矢でいい」
「えっと、じゃあ……将矢?」

 首を傾げながら将矢にそう問えば、将矢はにっかりと歯を見せて笑い「それでいい」と返す。

「それからお前が今自分が思った以上に消耗してんのは集中、意識してその剣を作り出したからだ。お前、得意な武器は?」
「得意な武器?」
「そうだ、今作り出したのは剣だが他にもあるだろ?これより大きい剣だとか鎌だとか」
「あぁ、それなら双剣だ」
「双剣か。ちょっと作ったそれ貸してみろ」

 手を差し出す将矢に透真が作った剣を差し出す。将矢はそれを受け取ると、何度か持ち手を握った後、数回軽く振ると一つ頷いた。

「それならもうちょっと刃を短くした方がいいな。あとはこれを二本同時に作れるぐらいにしないといけねえ」

 そう言って、透真の剣を地面に突き刺してから将矢はかがみ、剣を抜く。それは先ほど透真が作り出した剣よりも小ぶりなもので、それを二、三度振ってから透真に手渡した。

「こんなもんでどうだ」
「あぁ、これなら両手に持っても振りやすいと思う」
「じゃあそれと同じのを二本作れるようになれ」
「えっ」
「何だえって」
「コツ、とか」
「言ったろ、イメージだってな。それ握って触って感覚で覚えるんだよ」
「感覚……」

 将矢に渡された双剣になる片割れを一度強く握る。自分が作り出したものよりも持ち手は少し細く、振った感覚も軽い。

「将矢、そろそろ」
「あぁそうか報告か。じゃ、頑張れよ透真」
「おう!ありがとう!」
「おう、じゃーな」

 最後に透真の頭をくしゃくしゃと乱雑に撫でると、軽く頭を叩いて将矢と黒髪の女性は透真たちの元から姿を消した。
 観月を見ると、なにやら難しい顔をしている。最近の観月はああいった顔をしている事が多い気がする。最近いきなり頑張りだした事と関係がある気がするが、自分が聞くのは何か違ったような気がしてどうにも言い出せないんだけど。

「観月?」

 声をかけてみるが観月からの返事はない。難しい顔をしたまま何かを考え込んでいるのか、特に動く事も透真の事を見る事もなく。ぼうっと立ち続けている。

「観月」

 もう一度呼びかけてみるが、返事はない。

「観月!」
「うぇっ!?あ、ご、ごめん何?」

 どうやら二度話しかけた声は観月に届いていなかったらしく、三度目で観月は肩を跳ねさせて慌てて透真の事を見た。

「大丈夫か?」
「え、あぁ……うん、大丈夫」

 観月はそう言いながら、自分の手を眺めて手を閉じたり広げたりしている。
 ふと観月が顔を上げて、透真とばちりと目が合った。その目には、何かすばらしいものを見つけた子供のような輝きが見えた気がして、もう一度よく見ようとしたところで、観月の目線が透真の持つ剣に向けられる。

「透真、それ」
「あぁ!これは将矢が作ったもんだけどさ……これ!」

 先ほど将矢が突き刺して行った剣を抜いて、観月に見せ付けるように持つ。見てろよ、と一言声をかけて、試し切りをした時と同じように体重を乗せて剣を振るうと、またもや枝葉綺麗な断面を残して地面に落ちた。
 それを見た観月がぱちくりと目をしばたかせる。

「やっとできたんだ!将矢のアドバイス通りにしたらびっくりするくらい上手くいってさ!」
「やったじゃない!これで休み明けの実践演習も安泰ね!」
「だろ!?観月の事もさ、お前が来るまで待っててやるし守ってやるから安心しろよ!」

 にかっと透真が笑うと、観月も釣られたように笑みを漏らした。それを見て、透真の笑みは深くなる。

「そうね、私はまだまだ未熟だし。透真に守ってもらっちゃおうかな!」

 透真が差し出した拳に、観月は言いながら拳を当て返した。

「そういえばさっきあの女の人と何話してたんだ?」

 ふと思い出して、気になって聞いてみる。観月も女の人も真面目な顔をしていた以上、真面目な話である事は確かだろう。楽しく雑談、といった雰囲気ではなかった。

「奈穂さんと?能力についてちょっと話をしてもらって」
「能力?」
「そう。使い方っていうか、考え方?助言をもらって。ちょっと頑張ってみようかなって」

 そう言う観月の顔は、やはり何か大事なものを発見する事ができたような、そんな顔をしている。
 きっとそれは、観月が先に進む大きな一歩なんだろう。

「そっか。じゃあこの後頑張ってみるか?」
「いいの?」
「いいのも何も今日はお前の特訓だからな!」

 にっかりと笑う。観月はまたもやつられたように笑みを漏らした。

「ありがと、透真。それじゃ……痛っ」
「だ、大丈夫か観月?」

 やる気十分、特訓を開始しようとしたところで、観月がいきなりしゃがみこんだ。思わず心配になって、様子を見ていると、右足を捻ったんだろう。大丈夫、と呟き、透真の顔を見上げる観月の顔は痛みに耐える表情を浮かべていた。

「足、捻っちゃってたみたい。これじゃ今日の特訓は」

 おそらくできないね、と続けようとしたんであろう言葉をさえぎって、透真も同じように観月の横にかがみ、抱き上げた。
 所謂お姫様抱っこ、という奴だがまあ特に気にする事もないだろう。何より観月の事だ、おぶると言っても渋るに決まっているから実力行使に出るに限る。

「だ、大丈夫だから透真!」
「いいからいいから」

 騒ぐ観月をなだめつつ、寮に連れ帰るために歩き出す。
 いや、その前に保健室……?ゴールデンウィークとなると流石に空いてないか。というか観月軽くね?ちゃんと飯食ってんの?
 腕の中で身をよじらせる観月を抑えつけつつ、歩を進める。なんだか後で色々と怒られそうな気もするが、今は気にしないでおくことにした。
 裏山から寮となると、流石に随分と歩く事になるため、寮が見えるようになった頃には正直腕がきつかった。
 きつかったけどここまで運びきった俺を褒めてほしい、誰か褒めろ切実に。
 いつの間にか諦めていたであろう観月を盗み見ると、気付けば透真の腕の中でぐっすりと熟睡していた。今日は魔物に襲われたりと色々あったからしょうがないとは思うけど。だからか、途中からやけに重く感じた上に静かだったの。
 流石にこの状態で女子寮に入る気もしない、かと言って男子寮の自室に連れて行くのもいかがなものか、と葛藤しつつ歩き続けていると、観月が身じろぎ、目を覚ました。

「……えっ、やだごめん透真!私寝てた!?」

 最初は意識が覚醒していないからか、ぼーっと透真の顔を見ていた観月だったが、はっとするとまた大きく動き出す。
 正直に言うとそのままじっとしていてくれても良かったが、丁度良かった。

「大丈夫だよ、それより寮着いたけど歩けるか?何なら部屋まで連れてくけど」
「そっ、それはいい!歩けないほどじゃないから!大丈夫だから!」

 下ろせと言わんばかりにばたばたと暴れだす観月を、寮の手前で足が痛まないように慎重に下ろす。

「ごめん途中寝ちゃって、っていうか、ありがと」
「どういたしまして、折角やる気出たところだったのにな」
「本当に」
「休みの間はじっとしてろよ?」
「……まさか透真からそんな事言われる日が来るなんて思ってなかった」
「何をぅ!?」
「ふっ、あはは!大丈夫よ、大人しくしてるから。どこぞの暴れん坊じゃあるまいし」
「へいへい、休み明けには実戦演習も待ってるんだから気を付けろよ」
「そうね。それじゃ透真、また」
「おう」

 学生寮の敷地内で分かれ、それぞれ目的の棟に歩き出す。

「……悔しいなぁ」

 背中から聞こえた心の底から悔しそうな一言には、聞こえていない振りをした。

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