

17
チーム名決まらんの四人に竜斗が軽く手を上げて小さく振ると、朝陽とレイラに続いて緑の中から姿を現した零が、竜斗と同じように小さく手を上げて応えた。
零は一言二言隣を歩いていた水色の髪の少年に声をかけると、こちらに駆け寄って来る。零の後ろから、夕介とレイラ、朝陽も遅れて駆け寄ってきた。
「急な対応をさせてすまなかった。こちらの対処はもう終わった。そっちは」
「予定外のことはよく起こる。今回は仕方ないことだ。こっちは入江が軽傷、他は問題ない」
「そうか。処置は?」
「既に終わらせてる」
「ならいい。演習はもう終わっているから、周囲に気を付けながら出口を目指そう」
「分かった。そっちに怪我人は?」
「1人を除いて全員軽傷といったところだ。処置も済ませている」
淡々と事務的に報告を済ませる二人をぼんやりと眺めていると、零に続いてきた夕介がいつの間にか観月の近くまで歩いてきていたらしく「沙綾ちゃんも観月ちゃんも大丈夫か?」と声をかけてきたので、観月は驚いた。
怪我のことは言っていないのに、と考えかけてから、竜斗と零の報告が聞こえていないわけがないじゃないか、と思い直る。どうやら観月自身が思っているよりもまだ動揺しているらしい。
「問題ないよ。そっちは?」
「俺らは擦り傷程度だから問題ねえな。観月ちゃんは?」
「大丈夫、です」
ずっと取り乱している姿を見せるわけにはいかないと、虚勢を張ってわざと大きな声ではっきりと夕介の質問に答えた。
自分に言い聞かせるためのものは、思ったより効果があったようで、幾分か気持ちが楽になる。夕介が沙綾と観月しか心配していないのに気づいた透真が冷静にツッコミを入れた。
「いや俺も心配しろよ」
「お前は自己紹介の時点で慣れてそうだったろ、大丈夫大丈夫!」
「軽っ。てか差別だろ!」
「いやいやいやいやそんなことは。観月ちゃん立てる?」
誰がどう聞いても女尊男卑の対応ではあるが、夕介は適当に誤魔化しながら観月に対して手を差し出した。幾分か気分も紛れたことにより観月も立てると判断し、小さく返事をしながら夕介の手を取る。軽々と、しかし優しく引き上げられた。
立ち上がる際に透真の心配そうな視線と視線がぶつかった観月は、へらりと笑う。
「本当に大丈夫なんだな?」
「大丈夫よ、心配しないで」
正直なところを言うと、全然大丈夫ではない。
能力を行使したことにより頭痛と吐き気が常についてまわっているし、未だに動揺だってしている。気分だって紛れたものの、黒い感情は渦巻いたままだ。
それでも観月は、ここで強がらなければ前に進めない気がした。だからこそ、心配してくれた透真にも笑いながら嘘を吐いた。
透真は最初こそ不服そうな顔をしていたが、観月が譲らないと分かったのだろう。それ以降は何も言わなかった。それを見ていた夕介も何も言わずに、立ち上がった観月の手を離す。
「そっち大丈夫かー?」
先ほど零の隣を歩いていた水色の髪の少年が、観月達のもとへとやってきた。背中には怪我をして歩けないのか、茶髪の女子を背中におぶっている。
竜斗が答える前に零が質問に答えた。
「動けないほどではないそうだ。こちらは先ほどの戦闘の渦中に居た五十嵐……いや、全員動けるようなら歩きながら話すか」
「おう」
「それもそうだな」
竜斗が頷き、沙綾に手を差し出して立ち上がらせたタイミングで、水色の髪の少年――零は五十嵐、と言っていた――のチームメイトと、即席チームを組んでいたチームと思われる八人が、遅れて観月たちのもとへと合流してくる。
一人多いことに疑問を抱きつつもその中に見慣れた顔があることに気付いた観月と透真は「あ」と声を揃えた。
「東西く――」
「あ! 碧がぎゃっ!?」
観月が碧に声をかけるよりも早く、碧の隣に居た黒髪の男子が大きく声を上げ、観月を指差したところで碧に勢いよく後頭部をはたかれた。
いかにも痛そうな鈍い音がして、透真がぼそりと「うわ痛え……」と呟く。頭をはたかれた男子は後頭部を両手でおさえながら碧に向き直った。
「なんで殴るんだよ碧!」
「余計なことを口走る気しかしなかった」
「俺これ今日一番痛かったんだが!」
「お前が悪い」
「本当に俺が悪いか?!」
抗議をするも涼しい顔をした碧に淡々と返され、男子は納得がいってなさそうに、痛む後頭部をさする。
観月としては「碧が」の後に続く言葉が気になるが、聞いたら答える時にまた男子がはたかれてしまうかもしれないと判断し、大人しくやめることにする。
「全員居るな? なら歩きながら話すぞ」
その場にいる全員に通るように声をかけ、先を歩く零に従い、十七人となった大所帯でぞろぞろと歩き出す。一部はおんぶされているし、おんぶしている人はスケボーに乗って、器用にすいすいと草むらを進んでいるが。
先ほど起きた戦闘はそれなりに規模の大きいものだったのか、観月の見る限り大なり小なり怪我をしている人がほとんどだった。観月の前を歩く沙綾の腕が目に入り、無傷である筈の観月の胸が痛む。
零が周囲を気にするよう夕介に声をかけ、前方に気を配りながら、声を出す時だけ後ろを向いて先ほどの続きを話し始めた。
「今後の活動でまた顔を合わせることもあるかもしれないから、自己紹介をしておく。在学二年目で、チーム名決まらんのリーダーをしている、暮之宮零だ。私の後ろを歩いているのがレイラ・クリディエアリア」
紹介を受けたレイラが小さく手を上げて「よろしくね」と微笑んだ。レイラの顔には絆創膏が貼られている。
「その隣が大神田朝陽」
朝陽が「はーい!」と跳ねるように歩きながら、元気よく手を上げる。その腕には包帯が巻かれていた。
「え、待って女三人? どれが男?」
「んっふふ、誰だろうね~?」
「答えるとこだろここ!」
先ほど碧に勢いよく頭をはたかれていた男子が観月たちも抱いた疑問を口にするが、朝陽に適当にはぐらかされた。一々反応が返って来るから面白いのだろう、朝陽が再び含み笑いを返す。
零は騒いでいた二人……実際は一人が落ち着くのを見計らって、再び紹介を差し込んだ。
「そしてそこの金髪が斎宮路夕介だ」
「俺だけ言い方雑じゃね?」
「気のせいだな。黒瀬」
夕介の一言すらもさらりと流した零が竜斗に視線をやり、竜斗が頷く。夕介以外の決まらんの三人の工法を歩いていた竜斗が、軽く手を挙げた。
「在学一年目、チーム黒白の黒瀬竜斗だ。俺自身は一年目じゃないが……割愛する。そこの青髪が入江沙綾、殿の方に居るのが早田観月、清代透真」
竜斗が淡々と紹介をしていく。沙綾が「よろしく~」と片手を上げてへらりと笑い、観月は「観月です。よろしくお願いします」と軽く頭を下げ、透真が「よろしく」と声だけ上げた。
「あいつ俺らの名前覚えてるんだな」
「そりゃ覚えてるでしょ……」
ぽつりと言った透真に小さく反論する。確かに竜斗と透真の顔合わせは最悪なものだった上に、普段から名字でしか呼ばれないため、紹介とは言え違和感こそあったが、元々四人しか居ない集まりなのだから覚えていて当たり前だろう。
「ていうかその言い方、まさか竜斗くんの名字」
「流石に分かるっての」
「あー、じゃあ俺らから。俺は五十嵐那智。二年目でチーム五十嵐のリーダーやってる。で、俺らとは違うチームなんだけど……大丈夫か? 凪」
五十嵐と呼ばれていた水色の髪の少年――那智の名乗りに、透真と観月が周囲に聞こえないようにこそこそとしていた会話は遮られ、二人して那智の方を向く。那智はそのまま、那智のやや後ろを歩いている少年に声をかけた。凪は一瞬驚いたように肩を揺らした後、何も言わずに手元を動かし、那智のもとへ小走りで駆け寄って手に持っているメモを見せた。
それを見た那智が頷き、再び凪が視線を下に向ける。
「こいつ喋れねえんだ。名前は佐倉凪。別チームなんだけど、特別措置で今日は一緒に行動してた」
那智の紹介に、凪がぺこりと頭を下げる。凪の持つメモ帳には、他の人にも見えやすくしているのだろう大きめの文字で、八年目、チーム出雲の佐倉凪です。よろしくお願いします。と書かれていた。
特別措置、と脳内で単語を咀嚼してから実践演習のシステムのひとつに思考が行き着いた観月はああ、と内心呟いた。
学院の実践演習は別学年のチームと合同で行うルールだ。今回観月たちチーム黒白は一年目だから、二年目のチームと組むのが固定されている。じゃあ二年目、三年目となった場合はどう組むのか。
基本的に成績優秀ならば上の学年と、成績不十分の場合は下の学年と組むことになる。そこから更に、一学期のみ、個人で成績不十分な生徒は、観月たちのような下の学年と組んで、演習に参加する場合がある。
おそらく凪はそれの、個人で成績不十分、というところに該当するのだろう。
凪は一斉に人の視線が集中したからか、メモを見せた後はそっと近くに居た身長が高めで、体格のいい男子の後ろに隠れるように移動した。
那智がそちらを見て、話を続ける。
「それで、今凪が隠れたのが京極淳史」
「よろしく頼む」
「淳史の隣に居るのがフィオナ」
「ええと……その、よ、ろしく」
淳史の傍に居たフィオナと呼ばれたピンク色に近紫髪の女子がたどたどしく呟いた。聞き取りづらいことはないが、母国語が日本語ではないことは分かるイントネーションだった。
顔つきからしても、目鼻立ちがすっきりとしていて日本人ではないことは明らかだ。討伐団養成学院は各地に存在しているが、日本は割といろいろな国の生徒が所属している気がする。かく言うレイラだってそうだ。
「フィオナはまだ日本語話すのが苦手でさ、悪いな。で、さっき紹介貰ってた夕介の隣に居るのが」
「レイティア=アディアス=イグレシアスですわ」
那智が淳史、フィオナと同様に紹介しようとしたところを遮って、夕介の隣を歩いていた金髪の女子が、日本ではあまり聞かないだろうお嬢様口調で名乗る。
凛とした声と口調だけではなく、歩く姿ですらどこかしゃんとしていて、貴族を思わせるレイティアは、共に歩いている面々の顔を見渡すと、笑って続けた。
「どうぞレティとお呼びになって」
観月が思わず見惚れていると、レティの隣を歩く夕介が自慢気にうんうんと頷いていた。その後、レティが夕介の方をじっとりと半ば睨みつけるように見る。視線に気付いた夕介は、レティににこりと笑いかけた。
「レティ嬢の視線が俺だけに向くのも悪くないね」
「どうしてそう軽薄な言葉が出るのかしら」
嬉しそうに笑う夕介とは真逆に、レティはひとつため息を吐くと、再び夕介とねめつけた後、ふん、と夕介からそっぽを向いた。
二人のやりとりを見て、観月の脳裏に演習開始前の夕介と零の言葉がよぎった。軽率な行動、五十嵐のイグレシアスに報告。
開始前に行われていた会話がこの二人の様子を指していたことに気付いた観月は内心、なるほど、とひとりごちる。
「軽薄な方が何故か自慢げになさっている気がしましたの」
何故か、の部分を強調して言い切ったレティは、周囲の視線に対して失礼しました。話の腰を折ってしまいましたわね、と続けた。
「あー、えーと、じゃあ最後は俺らのとこか」
二人のやり取りを眺めていた、先ほど碧に後頭部をはたかれていた少年が呟いた。
「一年目、チーム東西南北。リーダーの北川和馬っす。で、あっちで背負われてるのが……」
「和馬! わざわざそんな言い方しなくってもいいでしょ!?」
「あっぶねぇ!」
「きゃぁっ!? ご、ごめんね背負ってもらってるのに……!」
和馬に指差された茶髪の少女が、和馬に紹介されかけた瞬間に大きな声を上げた。和馬からの扱いに苦言を呈すために振り返ろうとして、背負っているバランスが崩れかけて那智と少女から悲鳴が漏れる。
どうにか転ぶことはなかったが、急に動いたことを反省した少女が先ほどよりも声を小さくして謝った。大きく目立ってしまったからだろう、顔は真っ赤に染まっている。
「うう、恥ずかしい……南条愛里紗です……」
名前の後は消え入るように呟いた。一部始終を近くで見ていたピンク髪の女性が、ふふ、と笑いを漏らす。
「大丈夫だよ~愛里紗ちゃん。私は東西梨理でーす。こっちは弟~」
「東西碧。よろしく」
梨理が名乗り、手のひらで碧を指し示す。碧は名前だけ言って、頭を軽く下げた。
「これで全員か。流石に十七人となると多いな。今後も何かと関わることがあった時はよろしく頼む」
愛里紗を背負っている那智や、観月のためか邪魔な枝を刀で切り払っていた零が、自己紹介を上手く締めた。
その後は全員好きなようにチームメイトや友人と雑談をしながら歩き続け、気付くと実践演習のスタート地点近くまでたどり着いていた。
四チームが合流した地点はスタート地点からそれなりに奥の方だったらしく、観月たちがスタート地点の近くへと辿り着いた頃には、スタート地点に居る人はそれなりの人数が集まっていた。
各チームのリーダーである零と竜斗、那智と和馬がスタート地点に居る先生の元へと報告に行くのを眺めながら扉を通り抜け、魔物が外に出ないように張り巡らされているフェンスの外へと出た。
適当な場所で集まる。
「沙綾ちゃん、傷の様子は……」
「大丈夫だよ、この後保健室に行くさ。これからこんな傷日常になるんだ、あんまり気にするなって」
日常になる。
観月以外からは当たり前だろう言葉が観月に重くのしかかった。
沙綾は何も間違ったことは言っていない。日常的に負うことはないだろうが、沙綾が負った傷程度で動揺をしていては団員としてやっていけないだろう。
慣れなくても良いから、嫌でも動揺しないようにならないといけないのだ。
「……うん、ごめんね」
「強く、なろうな」
いい加減気持ちを切り替えるべきだ。観月の中で切り替えられなくても、せめて表面だけでも。
心の中で決意した観月がけじめのために呟いた最後の謝罪に、沙綾は笑って観月の頭をくしゃりと撫でた。
ガガ、サー、とメガホンのノイズが鳴り、スタート地点に集まっていた生徒が一斉に音源の方を向いた。
「たった今点呼と討伐数の報告が終了した。一部の生徒にイレギュラーが起きたようだが、大怪我するようなことはなくて何よりだ。二年目のチーム、一年目のチーム共に反省点や目標が多少なりとも見つかったと思う。一年目の奴は特に、今日の経験を活かすように。では本日は解散!」
実践演習は終わりを告げ、生徒は各々帰るべき家へと帰っていく。
いつもと変わらない食事をとって、風呂からも上がった観月は、自室で机の上に置かれたスマートフォンを見下ろしていた。
険しい顔でしばらく画面を眺めていた観月は、一度息を長く吐くと、やがて意を決したようにスマートフォンを持ち上げ、画面へ指を滑らせる。
登録されている電話帳の中から一つの連絡先を選んで、通話ボタンをタップした。
スマートフォンから小さく漏れる、電話特有のコール音と時計が奏でる合唱が、観月緊張を一層強めた。
「もしもし、観月です。お久しぶりです。ちょっと、お願いしたいことがあって……。はい、急で申し訳ないんですけど、明日……伺っても良いですか?」